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1)私が関西唄を始めた理由

 私は関西の、ある新興住宅地で生まれ育ちました。住宅ができる前、そこは桃畑だったそうで、近所の人たちも土着でない方が多かったようです。そういう経緯があってか、私の言葉は、関西の人間としては訛りが少ないです。
 私の通っていた小学校は、住宅地と同様に新しく、夏になると盆踊りが行なわれていました。踊りの歌は生歌ではなく既製品を録音したもの、曲は専ら「アラレちゃん音頭」で、たまに「河内音頭」、「九州炭坑節」、或いは地元に一番近いところの盆踊唄が流れていたかもしれません。しかし、私は踊りに興味がなく(苦手でした)、盆踊りの櫓台を囲むように立っている出店へ意識は向いていました。
 近くの神社では春と秋にお祭りが開催されており、地域の子供会に参加している子供たちは御神輿を引きました。曲はやはり生演奏ではなく、既製品を録音したものでした。子供会と関わらない年齢になると、やはり意識は神社境内の出店へ集束します。当時はリンゴ飴と水飴が大好きでした。飴ばかりです。

「津軽民謡のコンクールでは、地元の人しか入賞できないらしいよ。津軽弁が喋れる人でないとダメらしい」
 民謡を習い始めてから数年後、一緒に習う方から上記の事を教えてもらいました。本当かどうかは存じ上げませんが、それまで全国の民謡を均等に学んでいた私には目から鱗でした。
 でも、そうかもしれないなあ、方言と唄、そして住んでいるところと唄はリンクするものだよなあと思い、では私が唄える民謡とは何なのかを考えた時に、クエスチョンマークが頭を飛来していきました。
 そもそも民謡なんて習い始めるまで全然知りもしませんでした。辛うじて上に挙げた三曲(「河内音頭」、「九州炭坑節」、或いは地元に一番近いところの盆踊曲)を昔聞いたことあるかもしれないというレベルです。教科書で学んだ上の世代と違い、野球に興味がなくて「東京音頭」すら知らなかった私は、日本民謡からかなり縁遠い人間の様な気がします。
 そうはいっても唄への「親和性」というのがあるとすれば、自分に近い地元の民謡なのかもと勝手に納得してしまい、このブログができた次第です。