ドンパン節

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唄収録日  :2016/4/14
唄記述日  :2016/4/17


*記述*

 この唄の歌詞を掲載しないのは、おそらくは著作権保護期間中だからです。
 当歌詞に絡む著作権者は、元唄の「円満造(えまぞう)甚句」を作った橘円満造氏、「円満造甚句」と同一曲で歌詞だけ違う可能性のある「円満蔵甚句」の藤田周次郎氏、そして「ドンパン節」の三波春夫氏です。このうち、橘円満造氏の著作権は完全に切れていますが、他の2名の方の著作権は保護されています。
 問題になるのはおそらく三波春夫氏が権利を持っている部分です。この唄は曲が平易で替え歌が容易なためか何番もあり、三波氏が権利を持っているものと持っていないものがあると思うのですが、どの歌詞がそうであるかはっきり分かりません。
 そもそもこの唄を最初に大ヒットさせたのはビクターの鈴木正夫氏なのですが、1954(昭和29)年に鈴木氏がレコードを出した際の著作権者の項目が、著作権管理団体の記載にありません。登録されていれば鈴木氏の歌詞なら使用可能かもしくは否か判断できるのですが。
 採用した歌詞は一番がドンパン節の始まりを告げるもの、二番がお国自慢のものです。唄は存じ上げなかったので、鈴木正夫氏の唄を参考にしています。

 上記の橘円満造氏ですが、本名は高橋一蔵といいます。参照先リンクによると、橘は彫刻師としての雅号である橘一心(たちばなかずむね)から取られ、円満造は屋号からきているそうです。(この方の名前は文献によって記述が違い、唄名も昔は「円満蔵甚句」と書かれていることが多かったようです)大工仕事の作業唄でリズミカルな曲が元唄であると聞くと納得できるのではないでしょうか。
 戦後にかけて一時廃れていた唄を芸者が聴き覚え、編曲されたものを携えて民謡歌手が全国区に出るという経緯を経ただけに、日本民謡大観には元唄が掲載されていないようです。


*参照*

日本民謡大事典』 1983 浅野健二 雄山閣

あきた(通巻122号) 1972年(昭和47年)7月1日発行 -全64ページ-


*試聴(広告)*
 いつもはデジタルミュージックなのですが、今回は「円満造甚句」が試聴できればとCDのページにリンクしています。(在庫がなくて残念)