権六音頭「坊主落し」

 

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写真撮影場所:大阪府吹田市山田
写真撮影日 :2015/11/12
唄収録日  :2015/11/26
唄記述日  :2015/12/3
訪問記述日 :2015/12/3


*歌詞*

「(ソラヨイトヨイヤマッカ ドッコイサノセー)
 ヤーレそうじゃそうじゃヘヘ
 それが情でござる ノーヘヘーヘ
 (ア ドシタイ ドシタイ)
 うたえよはやせよ 叩けよヤッコラ太鼓

 

 そうじゃそうじゃ 叩けよ太鼓
 月のイナー世界へ 届くまでも

 

 世界へ 届くまでも
 ちょいとイナー出ました わがまま親父」


*記述*
 
 関西に散見される踊口説の一つです。口説とは長編の物語(浄瑠璃の台本等)を音頭取りが節に合わせて即興的に紡いでいく様式のことです。この唄は「大阪府の民謡 昭和62・63年度内閣府内民謡緊急調査より」のCDに収録している唄をその通り唄いましたが、踊口説の特徴で参照の歌詞は全然別になっています。
 尚、同じ踊口説である滋賀県江州音頭と囃子言葉が同一で、囃子の間に短い文句を挿入するところが大阪府河内音頭に類似とのことです。

 

 昔、山田村の円照寺を普請していた大工の権六が、村で一番美人のお杉に惚れたのですが、お杉は円照寺の男前の和尚が好きという噂を聞き、仕事のやる気をなくしてしまいます。お杉から和尚に宛てた文を預かった円照寺の檀家の善兵衛は、権六の状態を重く見て、その文を権六に渡してしまいました。浮かれた権六は仕事に精を出し、終には円照寺を完成させます。その完成した寺の姿をよく見ようと権六は手をかざしたり前後に動いたりして、その動きを面白がった皆が真似して「権六音頭」として伝えられているそうです。
 ところが、この歌詞には権六はどこにもおらず、お杉と和尚の恋が成就したところで終わります。何故かというと、この唄は踊りと発祥が別で、もともと兵庫口説の「引接寺(いんじょうじ)お杉」が由来ですが、これが全国に流行するにつれて「円正寺(えんしょうじ)おすぎ赤間関坊主落」と呼ばれるようになりました。これが音の同じ「円照寺(えんしょうじ)」に結びつけれらたのかもしれません。

 

 歌詞に「月の世界」という言葉が出てくるのがユニークだと思っていました。近くで開催された大阪万博の月の石に影響を受けたのかと思いましたが、1966年発行の『日本民謡大観 近畿篇』に掲載がある通り、この歌詞があるのはそれ以前からのようです。

 

*参照*

日本放送協会 『日本民謡大観 近畿篇』 1966 日本放送出版協会

座談会「権六踊り 40年の時空を超えて」 千里ニュータウン+万博+∞…=吹田市立博物館!/ウェブリブログ

http://www.lib.suita.osaka.jp/kyoudo/gonroku_odori.pdf

権六踊り

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下関平家踊り

馬鹿音頭の謎 - 播磨癒しのまち歩き


*訪問記述*

 今とは違い広い地域に分布していたということですが、その詳細は不明とのことなので、旧山田村を中心に写真を撮りました。ぶらっと吹田の山田村コース を参考に阪急電鉄山田駅から歩きました。天気は晴れ。

 

 土地勘があるから大丈夫と思って下調べをせずに行ったら迷いました。特に13体の石仏群は分かりにくい位置にあります。動画は道を間違えた時の写真も盛り込みまして、何とか怪我の功名風に仕立てています。
 山田上王子池公園では、それほど人がいなかったので撮影を頻繁にしておりましたが、野鳥たちがカメラの起動音に気づいて逃げていく場面が続出しました。

 

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去りゆく5秒前(遠距離なのに気づかれる)

 

 村に入るとこの時期の昼頃、家の前の落ち葉を掃いている方が多く、カメラを出してはすぐ仕舞う動作がいつもよりも多めで不審人物と化していました。円照寺でも掃除の時間で、逃げるように撮ってきたので枚数少なめとなっております。
 また旧竹中邸馬上門を撮影したのですが、この門は現在マンションの門扉になっており、ちょうど中から人が出てくる瞬間を撮影してしまいました。悩みましたが動画からは外しております。

 

 帰りはちょっと辺鄙な場所なので、大阪モノレール万博記念公園駅まで行くか、あるいは府道2号まで出て阪急バスに乗り、JR岸辺駅吹田駅北大阪急行電鉄千里中央駅まで出るのが良いかと思います。